コーナーに置かれたスピーカー:ホープからThe Loftへ
ポール・W・クリプシュのコーナーホーン設計は、アーカンソー州からデヴィッド・マンキューソのニューヨークへ渡り、やがてLucky Cloudを通じてロンドンに根を下ろしていった。
部屋のカタチ
Klipschorn(クリプシュホーン)は、音を変える前に、まず部屋そのものを変えてしまう。
キャビネットは部屋のコーナーに、まるで最初からそこに組み込まれていたかのように収まる。そしてレコードが回り始めると、部屋そのものが音に合わせて広がっていくように感じられる。低域には輪郭があり、声には高さと存在感がある。リズムは無理なく立ち上がる。音が空間を押し広げるのではなく、部屋の鳴り方を組み替えていく。
この感覚こそ、Klipschornが80年に渡って支持され続けてきた理由のひとつだろう。1946年に生産が始まり、現在も作られ続けている。連続生産されているスピーカーとしては世界最長の歴史を持ち、その根本には、アーカンソー州ホープでポール・W・クリプシュが打ち立てた原理が今も息づいている。
その設計は、低域用のホーンをキャビネット内部で折り畳むことで、リスニングルームの壁、床、天井までを音響システムの一部として扱うものだった。だからKlipschornは、家具というより建築に近い存在に見えてくる。低音を深く、無理なく伸ばすには、それだけの物理的な長さと容積が必要になる。低い帯域まできちんと伸ばすストレートなベースホーンを作ろうとすれば、普通の家庭生活には大きすぎる。クリプシュの答えは、ホーンの経路をキャビネット内部で折り畳み、部屋の境界面をホーンの最後の一部として使うことだった。だからKlipschornは、常にコーナーの中、あるいはコーナーの近くに置かれる必要がある。部屋そのものが設計を完成させるからだ。
その発想によって、ホーン型スピーカーの力強さ、スケール、そして余裕は、初めて家庭の空間に現実的な形で入り込むことができた。同時に、ホーンならではの身体的な説得力も失わなかった。さらに重要なのは、その高能率性だった。家庭用スピーカーでありながら、後にKlipschornがパーティーの現場でも無理なく鳴り、特別な存在感を放つことになる理由は、ここにある。
多くのスピーカーは、時代に合わせて改良されるうちに原型が薄れ、いつしか「往年の名機」や「伝統の復刻」として語られるようになっていった。Klipschornが生き残ったのは、最初の音響思想そのものが、今も十分に機能するだけの強度を持っていたからだ。
ニューヨーク:デヴィッド・マンキューソと音の共同体
Klipschornはニューヨークで、個人のリスニングルームを超えた役割を担い始める。1960年代半ば、デヴィッド・マンキューソはブルックリン・ハイツに住む友人ジミー・ミラーを訪ねた際、初めてKlipschornを聴いた。ミラーはアーカンソー州ホープと縁のある人物で、そのときの体験はマンキューソの中に深く残った。数年後の1970年2月14日、マンキューソはロウアー・マンハッタン、647 Broadwayにあった自分のロフトでKlipschornを導入したパーティーを開く。その夜が、のちにThe Loftとして知られる場所の始まりとなった。
1997年にティム・ローレンスがマンキューソへ初めてインタビューを行い、そこから彼らの長い関係が始まった。やがてその対話は『Love Saves the Day』という本へと発展する。それは、世界中のダンスミュージック史に関心を持つ人々にとって、The Loftを単なるニューヨークの埋もれた伝説ではなく、1970年代のダンスフロア文化を根元から形づくった場所として見直す、鮮烈な入口になった。
The Loftにとって、良い音は目的ではなく出発点だった。サウンドシステムは、究極のパーティーとは何かという、より大きなユートピア的な思想に仕えていた。その発想は、マンキューソ自身の古い記憶とも深く結びついている。幼い頃に過ごした児童養護施設では、シスター・アリシアが子供たちのために食べ物、レコード、風船のある小さなパーティーを開いていた。そこには、パーティーを避難場所であり、遊びであり、誰かと注意を分かち合う時間として捉える原風景があった。そこに1960年代後半のサイケデリックやカウンターカルチャーの空気、ティモシー・リアリー的な意識の拡張の感覚も重なっていく。レコードは急がず、場の温度や人の感情に耳を澄ませながら選ばれていた。部屋は見せ場のためではなく、人を迎え入れるために作られていた。スナック、風船、DJブースに集まる自我の不在、空気づくりへの細やかな配慮。そのすべてが方法論の一部だった。
主役はレコードを選ぶ人間ではなく、ダンスフロアだった。そこにあったのは、良い音と親密な空気を共有する人々が、時間をかけて一緒に作っていく場だった。
The Loftで、Klipschornは個人のリスニングルームを超え、部屋全体の空気と人の関係を作るための装置になっていった。マンキューソは最初のKlipschornをリチャード・ロングから購入し、その後アレックス・ロズナーを通じてさらにクリプシュのスピーカーを手に入れた。Prince Streetのロフトでは、ポール・W・クリプシュが公開していた資料を参考にしながら、部屋の角の代わりになる擬似的なコーナーを作り、より大きなシステムへと発展させていった。スピーカーはもはや、ハイファイ愛好家が大切にする家庭用の道具ではなかった。それは、音によって部屋の空気と人の関係を作っていく、ひとつの作法になっていった。
『Love Saves the Day』以前、現代のダンスフロア文化の歴史は、しばしばもう少し後に現れた象徴的な場所から語られていた。ラリー・レヴァンとParadise Garage、フランキー・ナックルズとWarehouse。しかしローレンスは同書の中で、その出発点をさらに掘り下げ、The Loftをこの系譜の始まりに位置づけ直した。そこは、今につながるダンスフロアの文化が、早い段階で形になった場所のひとつだった。
だからこそ、Klipschornがリビングルームを離れたとき、その存在は大きな意味を持った。
鍵になったのは、その能率の高さだった。社交的な空間の中で、スケール、明瞭さ、力強さを無理なく保つことができる。その違いは、パーティーの現場でははっきりと身体に返ってくる。人が疲れずにどれだけ長く音楽に身を委ねられるか。その音と空間に、どれだけ安心して身を預けられるか。ダンスフロアが親密さを失わずに、どれだけ広い空間として息づけるか。そのすべてに関わってくる。
ニューヨークからロンドンへ:受け継がれた部屋の作法
The Loftの考え方は、完成された型としてそのまま受け継がれたわけではない。長いあいだ、マンキューソの世界についての知識は、断片として伝わっていた。ダンサーたちの証言、ニューヨークの逸話、ある種のレコード。
1997年にティム・ローレンスが初めてマンキューソにインタビューした時点では、比較的小さなニューヨークの輪の外で彼の名前を知る人は、まだ多くなかった。
『Love Saves the Day』はそれを変えた。ロンドンを含む世界各地で踊り、聴き、場を作っていた人々にとって、The Loftはもはや単なるディスコの伝説ではなく、現代のダンス文化を根元から形づくった場所として見えてきたのだ。
ロンドンとのつながりがより直接的になったのは2002年のこと。デヴィッド・マンキューソは、ティム・ローレンス、ジェレミー・ギルバート、コリーン・マーフィー、エイドリアン・フィラリー、ニッキー・ルーカスとともに、ロンドンでパーティーを開く構想を育て始める。最初のパーティーは2003年6月に開催された。
Lucky Cloud Sound Systemは、まずデヴィッドをロンドンに迎え入れ、The Loftの考え方をこの街の部屋とダンスフロアで実践するための集まりとして始まった。
音はもちろん重要だったが、何よりも人の集まりが先にあった。
初期のパーティーでは通常のPAをレンタルし、その間にアナログのフロントエンド、そして後にはKlipschornを基盤にしたフルシステムが、少しずつ組み上げられていった。
2005年6月には、Klipschornを中心にしたシステムがすべて揃い、ティム・ローレンスが英国初のオールKlipschornパーティーと呼ぶ夜が実現した。
その夜を成立させていたのは、機材だけではなく、それを運び、組み、片づける人たちの手だった。機材はそれぞれの家に分けて保管され、ボランティアたちによって会場へ運び込まれ、その夜のために組み立てられ、終わればまた持ち帰られた。
そうやってシステムを運び、組み、鳴らすことは、英国カリビアンのサウンドシステム文化とも深く共鳴していた。そこでは音響機材はただの道具ではなく、人を集め、場を作り、コミュニティを育てるための共同作業でもあった。
この頃には、Klipschornは単なる名機ではなくなっていた。The Loftのやり方をロンドンに持ち込むための道具というだけでもない。
それを運び、組み、鳴らすこと自体が、人を集め、同じ時間を共有するためのきっかけになっていた。
こうして人が集まり、機材を運び、部屋を作っていく中から、やがて別のパーティーの形が生まれることになる。
マンキューソから受け取ったものを真剣に引き受けながらも、そのまま守るのではなく、自分たちの耳と身体を通して、新しい夜の形へと変えていく。その動きが、そこから生まれていったのだ。
つづく
文章:Kay Suzuki
協力:Matt Sommers、Tim Lawrence、
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