SUNDAY | 横浜サウンドを育む運命の三階建てエコシステム (Part I)
信号待ちで呼ばれた音の神が宿る建物、ジャマイカへの旅を続けた料理人、そして横浜の音響に育てられたDJ。SUNDAYは、これらの糸が結ばれた物語だった。
横浜の複合文化的ハブであるSUNDAYは、単なるレストランでは無い。数十年にわたるサウンドシステムカルチャーへの愛、運命的なパートナーシップの上に築かれたコミュニティの結晶なのだ。京急子安駅からほど近い神奈川区に位置するこの空間は、音楽とアートを愛する人々のための大人の隠れ家として存在している。今回は共同オーナーでありDJのTsu→さんに、運命によって定められたこの箱の起源と、妥協のない音響へのこだわりについて話を聞いた。
Q: SUNDAY以前のTsu→さんの音楽探求のルーツを教えてください。DJカルチャーとの初期の関係を形作ったものは何ですか?
Tsu→: 音楽と出会ったのは、中学2年生の時でした。初めて行ったのは、渋谷センター街にあったホットポイントっていうディスコで、当時はチーマーが集まる場所でした。その頃のチーマー文化は、アメリカ文化に憧れて、みんなアメリカのファッションをしていて、上下ダブルデニムやエンジニアブーツを履いていましたね。
そのディスコではオールジャンルかかっていて、ユーロビート、ビースティ・ボーイズ、ドゥービー・ブラザーズまで。みんな「ロング・トレイン・ランニング」とか「バンブー」とか、曲によって踊り方が決まってたんですよ。そこで、すごい熱いカルチャーがあるなと思いました。でも、その中で一番誰がかっこいいと思ったかっていうと、やっぱりレコードをプレイしているDJがかっこいいなって。そこから、この世界にどっぷり浸かっていきましたね。
キャリアは青山ZERO(ex LOOP)や八王子SHeLTeR(シェルター)といった場所で続き、レギュラーを維持していました。横浜では、5階建てのレストラン、カフェ、クラブが融合したビル73YOKOHAMA(セブンサ-ドヨコハマ)でブッキングを手伝っていました。そこはすごかったですよ。2階は田口のスピーカー、3階はクリプシュホーン、4階はJBLエベレストと、フロアごとにレジェンド級のスピーカーが入ってて。そこで3年間働いたことで、横浜での自分のネットワークが大きく広がりましたね。ヒップホップからトランス、テクノ、ハウスまで、オールジャンルのパーティーをやっていました。
Q: SUNDAYの場所を見つけた経緯は「運命的」だとよく言われますね。当初は何を探していたのですか?
Tsu→: SUNDAYを始める前は、実家の家業である建築資材と園芸の卸業を手伝っていました。お店を開くことは全くイメージになかったんです。実は、家業を畳まないといけなくなったので、会社の方に置いてあったレコードを保管するための倉庫を探していたんですよ。会社にはもうプライベートな「音部屋」を作ってあって、DJブースとミラーボールを設置していました。
今のSUNDAYの建物は、本当にたまたま偶然見つけたんですよ。銭湯「わしの湯」からの帰り道に、信号待ちで車を止めていたら、ふと建物に呼ばれたように目に入って。そしたら「テナント空いてます」って看板が出てたんです。駐車場もあるし「え、これ俺の理想的な形だな」と思って。物件の名前であるSUNDAYは、両面に窓があるから、冬でも日が昇ってから欠けるまでずっと太陽が当たる、ということに由来しています。
Q: 美和さんとのパートナーシップは、どのようにSUNDAYのビジョンを具体化させたのでしょうか?
Tsu→: 美和ちゃんは素晴らしい料理人であり、僕にとってはお姉ちゃんみたいな存在です。彼女は反町でアパカバーというお店を22年間やっていましたが、立ち退きで閉店することになってしまったんです。アパカバーでは僕もバイトとして働いていたんですが、閉店の最終日に、俺が「美和ちゃんさ、いつか何か一緒にやろうよ」って声をかけたんです。
その夢は4年間ずっとコンセプトのままでした。その間、彼女は以前のお店の家具や家電、キッチン用品、冷蔵庫、エアコン、ドア、そして今SUNDAYにある椅子やカウンターのタイルまでを全部うちの会社の倉庫にキープしていたんですよ。
俺が、もう会社を畳むから「美和ちゃんごめん、これもうキープできないよ」っていう話をしないといけないタイミングで、彼女から突然連絡が来たんです。「私も何かやりたい。お金ができたから」って。俺はちょうどその時に物件を見つけてたから本当に運命的でした。もし建物全部を借りていなかったら、俺が上の階だけ借りて、下の階は誰か別の人が借りていた可能性があったから。
Q: このスペースは3つの階層に分かれています。それぞれの機能、特に音響的な構造を教えてください。
Tsu→: 建物全体が本当にボロボロの状態で、床、天井、壁まですべて手を入れる必要がありました。正式な設計図はなく、僕も毎日大工の手元として手伝いながら、フィーリングと想像力で一つひとつ決めていきました。構造は多層的です。
1F(レストラン/ギャラリー): レストランとして営業し、ギャラリーやポップアップイベントのスペースとしても使っています。レゲエ、ハウス、ヒップホップなどのブラックミュージックが毎日かかっています。
B1(OTOBAKO): 30人ほど収容可能な小規模なイベントスペースで、音響設備は完備されています。ここではDJイベントやライブミュージックを開催しています。
2F(OTOBEYA): 通常はオープンしていないプライベート空間で、撮影や配信などの特別な用途で貸し出しを行っています。
そして決定的なこととして、借りた後に、この建物が1980年代後半から「ガンボスタジオ」という音楽スタジオだったことが判明しました。横浜の数々のミュージシャンがこの地下で録音や練習をしていたんですよ。これを知って、確信しましたね。
「この箱には音の神がもう宿っている」と。


Part IIでは、SUNDAYの音響設計、コミュニティの広がり方、そして彼らがあえて「クラブ」と名乗らない理由について深掘りしていきます。有料購読者には、常に現役DJとして活躍するTsu→さんの「2025年トップ10レコード」 もお届け。乞うご期待。
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