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My Analog Journal : 「どう鳴らすか」を考える(後編)

音の響き方をデザインする。空間と機材がつくるMAJのリスニング体験

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Sep 16, 2025
∙ Paid
📸 Will Tsukuda

前編では、My Analog Journalがどのように始まり、なぜ多くのリスナーに支持されるようになったのかを探った。後編は、もう少し内側の話。どんな空間でレコードが鳴っているのか。どんな機材が使われているのか。どういう考えで「音の環境」が整えられてきたのかを掘っていく。MAJのこだわりは、ただ何をかけるかではなく、どう鳴らすか、何を通して届けるかにまで及ぶ。

KRKスピーカーやTraktorのミキサーで始まった試行錯誤は、やがて真空管アンプやロータリーミキサー、Tannoyのスピーカーへと移っていく。その過程で何度も訪れたのが、聴き慣れたはずのレコードが別物のように聴こえる瞬間だった。

このインタビューでは、Zagが自身のリスニング環境をどう育ててきたのか、どんな機材を試してきたのか、そしてロンドンの中古オーディオショップ「Audio Gold」とのつながりについて聞く。

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Zag Erlat

Euan:ハイファイの音の重要性に気づいたのはいつ? そして、自分の聴き方を変えた“wow”な瞬間があれば教えて下さい。

Zag:My Analog Journalを始めた頃のセットアップは、正直まったくアナログらしくなかった。安いターンテーブル、Traktorのミキサー、KRKのスピーカー。そもそもハイファイの世界なんて知らなかったから、それで充分だと思ってた。

MAJ開始当初の居間セットアップ

最初に「これは違う」と思わされたのは、Kay Suzukiの家に遊びに行った時だった。

Tannoyの大きなヴィンテージスピーカーと真空管アンプから出てくる音を聴いて、本当に驚いた。あのとき、「こういう音があるのか」と思って、すぐに自分も欲しくなった。そのあとBrilliant Cornersでレコードを聴いたときの体験も大きかった。さらにCedric Wooの家にも行ったことがあって、彼のオーディオは電源ユニットまで別にしてあった。あそこまで深くこだわっているのを見て、この世界は想像以上に奥が深いと感じた。

そういう体験を経て、「これはもう、ちゃんと足を踏み入れる世界だな」と思った。家に帰ってKRKでレコードを聴いてみたけど、もう耐えられなかった。そこから、少しずつ投資を始めたんだ。でもこの世界は本当に終わりがない。良い音を求めれば求めるほどコストはかかるし、底なし沼みたいなところもある。だからこそ、焦らずに、じっくり調べて、文化や背景ごと理解しながら、自分のペースで整えていった。

Euan:MAJスタジオのセットアップも高く評価されていますが、機材はどのように揃えていったのですか? また、Audio Goldとの関係はどのように始まったんですか?

Zag:あのときの体験のあと、まず手を出したのがCondesaのミキサーだった。オーストラリア製で、決して安くはなかったけど、それだけの価値があると感じた。届いてから思ったのは、「この音をKRKで鳴らすのはもったいないな」ということだった。そこで、Leak AudioやWharfedaleのスピーカーを導入して、ようやく自分だけの音の場所ができた気がした。

ShaqdiとCondesa ミキサー

機材に関しては、僕たちは本当に運が良かったと思う。MAJの視聴者は、ハイファイ機材に興味を持ち始めた人が多くて、いくつかの小さなミキサーブランドに「動画を観て購入を決めた」というメッセージが届いていた。メーカー側も、MAJを通じて自分たちの製品を見せることに価値を感じてくれて、少しずつ機材を提供してくれるようになった。

それによってチャンネルにも新しい風が入ってきた。機材が変わるだけで音の表情も変わるし、映像にも新鮮さが加わる。それがまた、新しい会話やつながりを生んでくれた。専用スタジオに移ったタイミングで、ロンドンの中古オーディオショップ「Audio Gold」と関係ができた。最初からとても寛大で、特に条件もなく「これ、使ってみる?」と機材を送ってくれた。こちらとしては、お店のことを紹介したり、購入希望者をつないだりといった形でお返しをしていたけど、そういうやりとりが自然に成立していたのが心地よかった。

Audio Goldと組んだことで、一気に視野が広がった。通常なら試せないような高級機材を、自分たちのスペースでじっくり聴けるというのは、とてつもなく贅沢な体験だった。ある月はTannoy、次はKlipsch La Scala、その次はまた別の機材というように、定期的に違う音を部屋で試せる環境が整った。オーディオは買って終わりではなく、空間や音の関係性のなかでじっくり向き合うものだと実感している。Audio Goldには、心から感謝している。

北ロンドンに位置するAudio Gold

Euan:これまでMAJのスタジオで使ってきた、あるいは試してきた機材の中で、印象的だったスピーカーやミキサーについて教えてください。

Zag:スピーカーについては、TannoyのSuper Gold Monitor(Heritageシリーズ)に惚れ込んで、最終的にそれを自分のものにした。ヴィンテージTannoyが持っていた“あたたかさ”を保ちながらも、現代的に洗練された音が出る。1か月ほど試してみて、「これはもう手放せないな」と思って購入した。Audio Goldからはそれ以外にもいろんなスピーカーを提供してもらった。Tannoy SGM 15、SGM 12、GrundigのAudiorama(吊り下げタイプ)、Mordaunt Short Festival Series 2のヴィンテージスピーカーなど。あと、Leben CS600Xの真空管アンプを通してKlipsch La Scalaを鳴らすことができたのも貴重な体験だった。

Tannoy Super Gold monitors

ミキサーについては、さっきも触れたけど、最初に手に入れたCondesa(オーストラリア製)は今でも自分にとって特別な存在。見た目も音も、完全に“一目惚れ”だった。その後もいくつかのミキサーを試す機会に恵まれた。スイスのVaria Instrumentsは、見た瞬間に「うわ」と声が出るほど美しい外観をしていて、まるで旧ソ連の宇宙船みたいなデザイン。サウンドもハイクオリティで、しっかり個性がある。Master Soundsのフルセットも試すことができた。スピーカー、改造されたTechnicsのターンテーブル、ミキサー、エフェクトユニットまで全部揃っていて、特にローが効いたエレクトロニックな音楽との相性が抜群だった。このセットを貸してくれたRyanには本当に感謝している。

Varia Instruments

ベルリンのResørも素晴らしいミキサーだった。ディスクリート回路で構成されていて、音の粒立ちや透明感が非常に高い。全体のバランスも整っていて、レコードの録音にも向いているし、操作性も良くて使いやすい設計だった。PioneerのEuphoniaも試した。ちょっと賛否あるモデルだけど、自分はけっこう気に入っている。ハイブリッドな構成で、音の質を底上げしつつ、Pioneerらしいエフェクトの自由度もあって、外でのギグには向いていると思った。クラウドとのやりとりを柔軟にコントロールできる楽しさがあった。

Resør 2533 のMajモデル

それぞれのミキサーに性格があって、どれも学びが多かった。音をどうコントロールするかという視点が広がったのは、こうした実機との対話があったからこそだと思う。Audio Goldからは、アンプやプレイヤー周りの機材もいろいろ試させてもらっている。Leben CS300XSのパワーアンプ、Yamaha CR-2020のヴィンテージ・レシーバー、Revox B77のオープンリール機、そしてAudio Gold特製のTechnicsプランス(筐体)など。プリアンプも今はAudio Goldからのもので、時々入れ替えながら使っている。こういう機材の違いを、自分たちの空間で試せるというのは本当に大きい。誰かの家や会場で聴くのとはまったく違う。自分の耳で、自分の空気の中で、その変化を体験できるというのは、ものすごく贅沢なことだと思っている。

Revox B77 Tape Machine
Yamaha CR-2020 vintage receiver

Euan:My Analog Journalの今後のビジョンについて教えてください。これからも拡大していく中で、どうやってその本質や原点を保ち続けようと考えていますか?

Zag:面白いのは、自分でもこのプロジェクトに「終わり」が見えないこと。理由は単純で、音楽って永遠に掘り尽くせない。常に、まだ知らないものがどこかにある。もちろん、ときどきモチベーションが下がることもある。SNSの性質的に、再生数やエンゲージメントを気にしてしまう瞬間があるけど、そこに囚われすぎないようにしている。

EuanとZag

自分に言い聞かせてるのは、「やりたいことをやる」「ちゃんと調べて、ちゃんと届ける」という原点に立ち返ること。そうしていれば、MAJはこれから先も機能し続けると思う。仮に5年後、10年後に形が変わったとしても、その中身にある価値観は変わらず残っているはず。それに、世界にはまだまだ知られていない音楽がとんでもない数ある。MAJはそれを紹介する場でありたいし、出演者たちの視点や経験を通じて、リスナーが自分なりの入り口を見つけられる場所になってほしいと思ってる。たとえば、自分が旧ユーゴスラビアのレコードを掘るのではなくて、そこに人生をかけている人を見つけて、その人にバトンを渡す。するとその人が「ハンガリー専門のすごいやつがいるよ」と教えてくれる。そうやって、より深く、その文化や背景に根ざした人たちとつながることの方が、自分で表面的に調べるよりもずっと意味があると気づいた。自分自身は、トルコの音楽を掘ることに満足感が一番ある。母国の音楽だから、というだけじゃなくて、そこに自分の感情や記憶が重なっているからだと思う。見つけた瞬間に、他のレコードとは違う“響き方”をしてくれる。

結局のところ、このチャンネルのいちばんの力は、音楽を通じて人と人とが出会い、話を交わし、文化的な理解を深めていく、その過程にあると思っている。アナログレコードが持っている、有機的で、誠実で、あたたかい質感と関係性。それにどこまでも助けられてきた。


My Analog Journalはこれからも、ジャンルや国境、言語を越えて、音楽の可能性と聴くという行為の奥行きを探り続けていく。

そして、コミュニティとリサーチを軸に据えた静かな情熱は、これからも変わらずMAJの中心にあり続けるだろう。チャンネルにまだ触れたことのない人は、YouTubeのアーカイブを覗いてみてほしい。そして、もしロンドンに立ち寄ることがあれば、機材の裏側を支えているAudio Goldの扉もそっと開けてみてほしい。

ご拝読ありがとうございます。この投稿は公開されているので、気に入ったらぜひシェアしてください。音楽文化やディープリスニング体験に興味がある人がいれば、この話題を広げてもらえると嬉しいです

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