タイムカプセル

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ガブリエル・ロスと5Rhythmsの軌跡

踊りを通して深層意識に触れ、「自我の解放」を探った〈動く瞑想〉の実践記録。

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Nov 03, 2025
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Time Capsuleが初めてガブリエル・ロスと彼女の世界を紹介したのは2020年。彼女が開発した世界的に有名なダンス瞑想、5Rhythmsのサントラとして1996年に発売されたCDの初アナログ化をしたEndless Wave Vol.1である。

2021年には彼女と彼女のバンドによるそれまでの30年間の軌跡をまとめたコンピレーション Selected Works 1985–2005 を発売。発売直後に売り切れ、中古市場でも非常に高値を付けている本作は来週、待望の再プレスが到着することになっている。

ガブリエル・ロスというひとりの女性が「動き」を薬に、「音楽」を祈りに変えた物語。この作品は、リズムが癒しと変容の源であるという彼女の信念を祝福するもの。同時に、この再発盤は彼女のビジョンを音に変え続けたパートナー、ロバート・アンセル(1939–2022)への追悼の意も込められている。次回では二人の関係やバンドを深掘りするが、今回は彼女の壮大な人生の軌跡を改めてここから辿る。

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エクスタシーへの道

1941年、カリフォルニア州サンフランシスコに生まれたガブリエル・ロス。父は保険業、母は敬虔なカトリックだった。幼い頃から彼女を引き寄せたのは、踊り、それも「見せるための踊り」ではなく、生きるための踊りだった。

「踊ることでトランスに入り、人の感情が見えた。動きは、見えない扉を開ける鍵だった。」

7歳の時、スタジオの窓越しに見たバレリーナの姿に魅せられ、それが自分の道だと直感する。けれども、レッスンは厳格そのもの。修道女の鞭、教師の怒号。喜びよりも規律を、感情よりも形を身に付けて行った彼女。その呪縛の中で、彼女の身体と心は痩せ細っていった。拒食症などを乗り切り、のちに彼女はその時期をこう表現している。

「それは肉体の飢えであると同時に、魂の飢えでもあったの。」

大学時代は、地域の子どもや高齢者にダンスを教えて学費を稼いだ。300人の子ども、50人の老人。バラバラのリズムが交錯するその空間で、彼女は発見する。「コントロールをやめ、エネルギーに従うと、すべてが開く」と。

「彼らは私の最初の禅の師だったわ。」

ここで得た即興こそが、彼女自身のその後の人生を導く真の教育方法だった。卒業後、彼女はヨーロッパへ渡り、演劇、哲学、民俗舞踊を学ぶ。スペインで見たフラメンコの伝説的ダンサー、ラ・チュンガ。その踊りは、理屈も技巧も超えたトランスそのものだった。

「ラ・チュンガは私を引き裂いたわ。罪悪感にまみれた私を、炎で焼き尽くしたの。」

夢の中で、ロスは彼女に語りかけた。

「あなたのように踊りたいの!」

ラ・チュンガは笑って答えた。

「バカね。だったら、あなた自身のように踊りなさい!」

その瞬間、再生が始まった。技術は意味を失い、真実だけが残った。そこから彼女は「美の表現」ではなく「魂の露出」として踊り始めることになる。


治療としてのダンス

1960年代半ば、彼女はカリフォルニアのビッグサーにあるエサレン研究所に惹き寄せられた。様々なワークショップや実験的療法の主催をし、リトリート施設として米西海岸の断崖の上に立つその場所は、まさに海と空と精神の境界線とも言うべき特別な場所だった。当時の最先端人間性心理学とスピリチュアル文化が交錯し、同時代に始まったヒューマン・ポテンシャル運動の中心地として非常に重要な役割を果たしたこの場所では、アラン・ワッツ、エイブラハム・マズロー、ティモシー・リアリーといった著名な哲学者から精神療法家、心理学者達が集まっていた。

ここでまず彼女はゲシュタルト療法で有名なドイツ生まれの精神療法家フリッツ・パールズと出会う。彼はロスの中に「身体を通して心を癒す」才能を見出し、患者へのムーブメント指導を依頼する。

最初のクラスは混沌だった。無言で揺れる患者、見えない試合を裁く男、孤独にフラを踊る女。彼女は悟った - “彼等に教えることはできない。共に動くしかない”。模倣し、寄り添い、エネルギーを流し込む。やがて、笑いが生まれ、涙が溶け、空気が変わる。

「身体を使って心を動かせば、心は自ずと癒えていく。」

この言葉が彼女の核となる。彼女のワークショップはやがて、セラピーであり、儀式であり、演劇でもある場になっていった。動きそのものが、物語以上に人を癒していくことになっていったのだ。

© Esalen.org

意識の地図

さらなる理解を求めて、ロスはニューヨークへ発つ。そこでチリ人のオスカー・イチャーソに師事し、「エニアグラム」と「意識の地図」を学ぶ。人間の行動すべてはエネルギーのパターンだという直感を、理論的に裏づける言葉を手にした。

「自分の内と外にあるパターンを認識すること。そこからしか本当の自己は現れない。」

エニアグラム相関図

同じ頃、映画監督アレハンドロ・ジョドロフスキー(ホーリー・マウンテン、エル・トポ)とも出会う。彼は彼女にこう言った。

「父親のキンタマを切り離せ!」

それは彼女が潜在的に追い求めていた男性的権威像からの承認をやめ、自分の内なる声を信じろ、という通告だった。ここで彼女は完全に自由になる。

1970年代、再びエサレンへ戻った彼女は、もはや生徒ではなかった。動き、心理学、スピリチュアル哲学を統合した新たな体系を生み出すことに成功。文化人類学者グレゴリー・ベイトソンの勧めでそれを形にしたのが動く瞑想、5Rhythms(ファイブ・リズムス)だった。

Flowing(流れ)

Staccato(輪郭)

Chaos(変化)

Lyrical(自由)

Stillness(静寂)

この5つのサイクルに沿って身体を動かしていくことで、自我を解放させ、気付きを得る。

「エネルギーは波のように動き、波はパターンを生み、パターンはリズムになる。人間とはエネルギーであり、波であり、リズムそのものなのだ。」

5Rhythmsは、生きることのリズムを可視化する地図。破片のように散らばった自分を再び統合するための実践だったのだ。


The Mirrors:舞台からスタジオへ

1970年代後半、ロスの活動は全米へ広がる。マリブで出会ったのが、刑事事件弁護士のロバート・アンセル。分析的で静かな彼と、感情の渦のような彼女。その対極が、完璧なリズムを生んだ。

1977年、二人はニューヨークに移り住み、The Moving Centerを立ち上げる。ワークショップの拠点であり、実践を磨く場であり、やがて5Rhythmsの教師を育てるための土台となった場所だった。

ニューヨークという都市は、もうひとつの器を与える。The Mirrors、最初は実験劇団として始まり、身体・心理・儀式を貫くロスの拡張する哲学を掘り下げるための新たなプラットフォームになった。

ロバートは俳優として舞台に立ち、ロスは演出家として複数の作品を制作。出演者と観客がユーモアとコンパッションをもって互いを“見届ける”ための演劇もあった。上演は3年間続く。舞台は実験場になり、自我は完全に曝け出され、無意識だった心理パターンにはスポットが当てられる。毎公演が出演者の生活と関心を映し出す可変の鏡だった。

ザ・ミラーズ

The Mirrors:早すぎた独自の音楽形態

やがてThe Mirrorsは音楽集団へと拡張する。彼女は当時、“トランス音楽”と呼び、ロバートがプロデュースを担い、ロスのディレクションのもとで録音は進んで行った。

長尺のリズムの繰り返し。歌詞なし、サビなし、Bメロなし。ポップでもロックでもクラシックでもジャズでもない。

アンビエントはまだ名前を定着させておらず(イーノの実験はこの時にはまだそれほど市民権を得ていなかった)、上記と全く同様の音楽形態を持つアンダーグラウンド・ダンス・ミュージックもまだ産まれていなかった。

立ち上がったばかりのニューエイジ市場でさえ彼らを拒んだ。理由は生の打楽器。80年代初頭、“ドラムはスピリチュアルではない”という空気があった。

棚がない音は、棚からこぼれる。配給も首をかしげる。

ならば、とロバートは自主レーベルRaven Recordingを立ち上げる。練習から録音、録音から製造に流通。全て直接届くべき人達に届けた。

転機は1985年の『Totem』。売上は一気に跳ねる。原因はかつての苦戦理由と同じ、完全独自の唯一性だった。

すると、他の音楽家たちも似たアプローチをとり始める。急成長するダンス・ミュージックの地平、新しいニューエイジの潮流から、長尺で打楽器の比重が高い作品が次々と生まれ、ダンス/メディテーション、そしてウェルネス、マッサージの現場へと流れ込んでいく。

かつてレコード店の棚に区分が無かった音は、棚そのものになった。

Raven Recordingカタログ

遺産と共鳴

1980年代から1990年代にかけて、ガブリエル・ロスの教えはヨーロッパ、日本、そしてアメリカ各地へと広がっていった。最初は小さなダンススタジオやスピリチュアルセンターから始まり、やがて各地で認定された5Rhythmsティーチャーがそれぞれの文化や言語に合わせてワークショップを開くようになった。

90年代半ばには、5Rhythmsは5大陸で展開されるようにある。ニューヨーク、ロンドン、京都、レイキャビク、ブエノスアイレス、それぞれの土地で、セラピスト、音楽家、アーティスト、スピリチュアルな探求者がこの実践に引き寄せられた。

5Rhythmsは、癒しのメソッドであると同時に、異なる分野の人々をつなぐ国際的な文化運動となっていった。1989年に出版された著書『Maps to Ecstasy』は、その哲学と方法を言語化した最初の書籍だった。続く1998年の映像作品『The Wave』では、ダンスを通じて身体の知性を目覚めさせるプロセスが映像として記録された。知名度が高まる中でも、彼女の実践は表層化せず、むしろ深まっていった。彼女は繰り返しこう語っている。

「ダンスは私の薬であり、瞑想であり、メタファーであり、方法論なの。」

2000年代に入ると、ニューヨークのThe Moving Centerが世界中の講師を育てる中心地となった。毎年数百人の応募者がティーチャートレーニングに申し込むが、実際に参加できるのは各期40〜50名ほど。2年間の認定プログラムでは、技術ではなく「プレゼンス(その場に在ること)」を学ぶ。シニアティーチャーの指導のもと、数百時間におよぶダンスと観察のトレーニングを積み、ようやく5Rhythms講師としての資格を得る。

現在、世界には約400名の認定講師が存在し、50カ国以上でワークショップやクラスが定期的に開催されている。

ベルリン、ブエノスアイレス、東京、サンパウロなど、世界中で毎週何千人もの人々が5Rhythmsを通じて身体と向き合っている。いまや5Rhythmsは、個人の表現を超えた継承可能なメソッドとして確立された。ワークショップは単なる学びの場ではなく、参加者がリズムを通して自分自身を再発見する場となった。

2012年、ガブリエル・ロスはその生涯を閉じるが、彼女の残したコミュニティは、今もその実践を続けている。

パートナーのロバート・アンセルは、彼女の音楽的遺産を守り、更なる録音の発売とアーカイブの整理を行い、作品が生き続けるための基盤を築いた。

2022年、ロバートの死によってふたりの長い協働の章は静かに終わりを迎えることになる。

それでも、世界中のダンスフロアで身体が波を見つけるたびに、ガブリエルのリズムは今も続いている。

ロバートとガブリエル

Gabrielle Roth & The Mirrors - Selected Works 1985–2005 の再プレスは、あの「動きと音のあいだ」に私たちを再び導く。ガブリエル・ロスが信じた癒しの踊り。リズムを通して私たちは「今」を取り戻し、「今」を通して自分を取り戻す。


🎧 Gabrielle Roth & The Mirrors – Selected Works 1985–2005

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