コンクリート・ジャングルの儀式
西新宿のケチャまつりから『輪廻交響楽』へ 。芸能山城組が編み上げた音の共同体とその思想
日本国外にいる多くのリスナーにとって、芸能山城組は極めて謎めいた存在である。もしかしたら日本の若い世代のレコードコレクター達にとっても同様なのかもしれない。
『AKIRA』の音楽、複雑な声の響き、驚くべきレコードの音質と、日本の現代音楽史のなかでもひときわ異質で壮大な作品群。そのどれもが芸能山城組を語る手がかりではある。しかし深く探っていくと徐々に、彼等はそもそも単なるバンドなどでは無かったことが分かってくる。
芸能山城組は、音楽家の集団ではない。科学者、技術者、人類学者、教育者、学生、研究者たちまでも巻き込みながら、既存の演奏や表現方法に囚われない活動を続けて来た。彼らが追い求めていたのは、芸術と科学、伝統と現代技術、そして音そのものが秘める可能性だった。
なぜ彼等のアルバム『輪廻交響楽』は、発表から40年を経た今もなお、これほど特異な作品として響くのか。そこを理解するには、50年以上前の東京のコンクリート・ジャングルから話を始める必要がある。
真夏の西新宿。ガラスと鉄骨に囲まれた都市の谷間を歩いていると、その場には似つかわしくないのに、どこか本能に訴える響きに出会うことがある。多層に絡み合う声のリズム。16ビートの「チャッチャッチャ」が、高層ビルそのものを震わせるように脈打っている。
これが、芸能山城組による西新宿のケチャまつりである。半世紀以上にわたって続いてきたこの野外の催しは、都市のなかに束の間あらわれる別世界。バリ島のケチャやガムラン、ジェゴグ、東欧の多声音楽、そして日本の民俗芸能が折り重なり、高層オフィス街の広場を数日間、さまざまな伝統が交わる祝祭の場へと変えていく。
熱心なコレクターにとって、芸能山城組はしばしば日本のレコード界における“最終ボス”のような存在でもある。世界各地の民族音楽と日本伝統、アンビエントの最も深い位置にありながら、要所に聞こえる最新技術を尽くした音も飛び出してくるそのレコードはどの棚の区分けにも収まらない。一体彼等は合唱団なのか、共同体としての人類学実験なのか、それとも科学研究機関なのか?
答えは、そのすべて、である。
その広大な活動の中心にいるのが、ひとつの分野に属することなく生きてきた山城祥二という人物である。学術の世界では大橋力博士として知られ、生命科学と文化芸術の双方で国際的な評価を受けてきた科学者・大学教授でもある。音環境と人間文明の深い関係を綴った『音と文明』というような著作も残している。
ただし、彼の音楽的権威は、単なるプロデューサーや理論家としてのものではない。大学で微生物学を学ぶかたわら、クラシック音楽における当時の最先端な精密強靭な指揮法を、名匠のもとで徹底的に身につけていた。そうした厳格な訓練を背景に、1960年代には学生合唱団「鳩の会」の指揮者として活動を始めたが、その時期にすでに西洋合唱の限界へ疑問を抱き始めていたのだ。
山城の思想の根底には、西洋近代に対するかなり根本的な批判がある。専門分化に傾きすぎた文明は、人間が本来もっていた総合的な可能性をやせ細らせ、「生きている脳」を単機能の狭い区画へと追い込んできた、という見方だ。
そんな状況への対抗策として、1974年に立ち上げられたのが芸能山城組だった。そこに集められたのは訓練された職業音楽家ではなく、科学者、技術者、ジャーナリスト、学生たち。彼らの条件は、むしろアマチュアであることだった。音楽を職業としてではなく、人間にとって根源的で共同的な営みとして「行い、遊び、楽しむ」ことのできる人々であることが重要だったのである。
芸能山城組の守備範囲は驚くほど広い。世界各地から集められた80以上の異なる音楽体系が、その活動の中に息づいている。彼らはそれらを博物館的な見せ物として扱うのではなく、人間にとっての本質的な群れ作りの機能として身体化しようとしていた。
その探究の初期に大きな位置を占めたのが、ブルガリアの女声合唱やジョージアの男声合唱だった。西洋和声の制約を超え、倍音を豊かに含んだ声の質感や、不協和そのものが構造を形づくる独特の響きを表現することに成功。その後のレパートリーは、バリ島、ロシア、トルコ、インド・ベンガル地方の伝統音楽まで多岐にわたる。
また1983年には、大橋はコンゴにあるイトゥリの熱帯雨林に100キロ入り込み、ムブティ・ピグミー部族のもとで生活をともにしている。この体験は、彼自身の思考を根底から組み替える出来事になったという。そこにあったのは、譜面も、リハーサルも、指揮者も存在しないにもかかわらず、イタリア・ルネサンス後期の音楽家のパレストリーナを思わせるほど高度な即興的ポリフォニーだった。
カメルーン出身のフランシス・ベベイのような音楽家/研究者も取り上げ、またハービー・ハンコックも引用したピグミーの音楽形態は、1986年の大作『輪廻交響楽』でも冒頭を飾り、その精神的な核を成している。
海外の多くのリスナーにとって、彼等の世界への入口となったのは、1988年のカルト的傑作アニメ『AKIRA』のサントラだった。当時としては初のハードサイエンスフィクションアニメとして革命を起こした本作の大友克洋監督は、ネオ東京の独自音世界を生み出すべく、山城に全面的な創作の自由と潤沢な予算を託した。
『AKIRA』では、『輪廻交響楽』で使われた手法に現代的な電子音や能や民謡の発声が更に加えられ、あの異様な緊張感を帯びた象徴的なサウンドが形づくられている。
それでも『輪廻交響楽』は、人間の伝統そのものを現代にあらためて響かせた作品として、ひとつの到達点にある。これは、旅先の土産のように異国趣味として消費される類の「ワールド・ミュージック」ではない。人類の古い共同的な表現の層に深く分け入り、それを現代にあらためて響かせた作品なのだ。
このアルバムで試みられているのは、かつて熱帯雨林のなかで人間の生と深く結びついていた、根源的な響きの感覚を現代によみがえらせることでもある。
誕生、死、そして輪廻という終わりのない循環を主題にした四部構成のこの作品では、200人を超える演者たちが、サンプリングされたチベットの法螺貝、轟く和太鼓、シンセサイザーなど多様な音を重ねながら、その壮大な循環をひとつの音響世界として描き出している。
そして『輪廻交響楽』の初回発売時、大橋はのちにオーディオの世界でその名を決定づける発見にたどり着く。ハイパーソニック・エフェクトである。
当時新しかったCDとLPのテスト盤を比較するなかで、彼は決定的な違いに気づいた。可聴域の情報は同じであるはずなのに、CDはどこか「生命感が乏しく」、一方でアナログ盤には「深い充足感」が残っていた。科学者である彼は、その印象を感覚だけで終わらせず、脳波やPETによって聴取時の脳活動を測定し始めた。
その結果、20kHzを超える超高周波成分を含んだ音は、視床や前頭前野を含む脳深部への血流を有意に増加させることが明らかになった。こうした「聴こえない」周波数は、熱帯雨林の自然音や、ガムランのような伝統楽器の倍音成分に豊富に含まれており、脳のアルファ波を強め、身体的なコンディションにもよい影響を与えるという。
CDは、サンプリング周波数の制約から22.05kHzまでの周波数帯上限に限定されてきた。山城は、これは音が本来もつ重要な栄養を脳から奪うことに等しい、と考えた。人間の身体は耳だけで音を受け取るのではなく、皮膚表面全体で環境と共振しながら音を受容している、というのである。
そうした周波数を記録し、再生し、その働きを確かめるために、大橋はStudio Terraという場を築いた。そこには、Rupert Neve自身が200kHz対応に改造したNeveコンソールがあり、それに合わせて同帯域まで再生可能な独自モニターも開発された。
もちろん、こうした環境を一般のリスニングルームでそのまま再現するのは容易ではない。だが芸能山城組は、可能な限りこの広帯域の体験に近づくことをリスナーに促している。しかも、これは単なる理論ではない。山城チームは今回のTime Capsule版テストプレスも実際に検証し、本作の溝の中にハイパーソニック・オーディオが確かに刻まれていることを計器上でも確認している。
そして今、誕生から40年を経て、『輪廻交響楽』はTime Capsuleからあらためて世に出る。今回の再発盤では、アビー・ロード・スタジオにてMiles Showellがハーフスピード・マスタリングを手がけた。
マスター音源とカッティング・マシンの両方を通常の半分の速度で動かすこの手法は、高域に含まれる繊細な情報をより正確にラッカーへ刻み込むためのものだ。『輪廻交響楽』のように、響きの細部そのものが作品の核心に関わる音楽において、それは単なる技術的な工程ではない。ハイパーソニックな倍音成分を可能な限り損なわず、作品の深層にある感覚をヴァイナルの溝へと定着させるための、きわめて重要な手立てでもある。
芸能山城組を聴くことは、新しい知識を得ることというより、どこか眠っていた感覚を呼び覚ましていくことに近い。西洋的なジャンルの区分はいったん脇に置き、音楽を名前や形式で整理するのをやめて、ただ注意深く耳をひらいていく。するとそこには、自然と身体と共同体がまだひとつづきだった場所の記憶を宿したような音楽が立ち現れる。
リスナーは、もはや外側から作品を眺めるだけの存在ではいられない。その響きの循環のなかへ、静かに、しかし確実に引き込まれていく。
AIの効率や、デジタル消費がもたらす孤立が当たり前になりつつある今、芸能山城組の試みはむしろいっそう切実に響く。音楽はかつて、人と人を結びつける根源的な力でありえたし、いまなおそうありうること。私たちの「生きている脳」を、地球の脈動とふたたび同期させる回路として、音楽はもう一度働きうることを思い出させてくれる。
だから、少しだけ音量を上げて、身を委ねてみてほしい。
ハイパーソニックな倍音が、見えないところで働き始めるままに。
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