アヤワスカからオーディオマニアへ: シュラヴァナム復刻の誕生秘話
神聖な体験を彩った一枚。音の流れを逆に辿りながら、新たな意味を響かせる
変性意識に響く多次元宇宙のサウンドトラック
人生には、あたかも最初から出会うべくして出会ったかの如く、絶妙のタイミングで訪れる音楽がある。タイムカプセルの創設者であるケイ・スズキにとって、『シュラヴァナム』はその人生に非常に大きな影響を与えた変革体験のサウンドトラックだった。
「人生初のアヤワスカの儀式で指揮を執ったシャーマンが、まさにジャーニーの最高潮に達した瞬間、このアルバムを静かにかけ始めた。儀式そのものがすでに言葉を超えたもので、永遠とも思える深い内省の時に居た。そこではあらゆるものが繋がり、複雑な幾何学模様があらゆる次元に広がっていた。音楽がそれぞれの線を繋いで行き、瞑想的な吸引力はまるでボンベイ・S・ジャヤシュリの声が自分の意識をどんどん内へと導き、その時の意識を変性させるための空間を与えてくれているかのようだった。その夜、自分の人生は大きく変わった。それ以来、この音楽はその神聖な瞬間を呼び起こす為の特別なものになった」。
2000年にCDリリースされた『シュラヴァナム』は、インド国外ではほぼ手に入れることができなかったが、2019年に配信、ダウンロード、そして特殊な形態なアナログ盤としてリリースする事になり、世界中のリスナーがこの神聖なアルバムを、誰にでも最も適した環境で聴けるようになった。
しかし、そもそも『シュラヴァナム』は、どのようにして誕生したのだろうか?
それを探るための手がかりとして、最初にこの作品を世に送り出したレーベルであるチャーサー・デジタル・ワークステーション(Charsur Digital Workstation)を紹介する必要がある。
Charsurがカーナティック音楽の拠点を築くまで
1990 年代後半、チェンナイを拠点とするCharsur Digital Workstationは、チャルバラ・ナタラジャン(Charubala Natarajan)とスレッシュ・ゴパラン(Suresh Gopalan)によって設立された。
「私達がレーベルを立ち上げた頃は、カーナティック音楽だけを専門に扱うレーベルなんて聞いた事がありませでした」
とスレッシュは説明してくれた。
「ほとんどのレーベルは、カーナティックの楽曲をほんのいくつかリリースしていただけだった。私たちは、自分たちが育ってきた音楽に特化したレーベルを作りたかったんです」。
音楽一家に生まれたチャルバラは、ラジオとテレビで17年以上、音楽中心の番組を作り、司会をしてきた。一方、スレッシュはサウンド・エンジニアであり、ハルモニウム、キーボード、パーカッションの訓練を受けたマルチ楽器奏者でもあった。1998年、ふたりは本格的なレコーディング・スタジオとしてチャーサーを立ち上げた。
カーナティック音楽は、歴史的に見ても世界で最も古く洗練されたクラシック音楽の伝統のひとつであり、南インドの神聖な寺院と精神的な慣習に根ざしている。 北のヒンドゥスターニー音楽とは異なり、カーナティック音楽はより献身的で、賛美歌の歌唱や神々に捧げられた楽曲、深い哲学的なテーマが中心となっている。チャルバラは、単に音楽を継承するだけでなく、それを現代的に表現する機会を見出したのだ。
「当時、ほとんどのカーナティック音楽は決まった形式に従って録音されていた」とシャルバラは振り返る。「他の大手レコード会社と同じように、入念なプロダクション、クオリティの高いサウンド、綿密に練られたプレゼンテーションを施したかった」。
彼らのアプローチは、貴重なパフォーマンスを「保存記録」しながらも革新的な手法を取り入れてきた。カーナティック音楽の豊かな伝統を守りながらも、最新録音技術を取り入れ、「聴く」という体験の精度をさらに高めた。また、当時としては珍しい、5.1サラウンド・サウンドでカルナティックの演奏を録音するなど、ハイファイ・プロダクションにもいち早く着手した。従来の古く堅苦しさを感じる多くのクラシック・レコーディングとは異なり、チャーサーは音楽の明瞭さ、深み、没入感を大切にし、感情及び精神的な迫力を損なわないようにすることを目指した。
この理念が、チャーサーによるスピリチュアル・シリーズの記念すべきファースト・アルバム『シュラヴァナム』の制作に繋がる事になる。
ボンベイ・S・ジャヤシュリ:シュラヴァナムに捧げる至高の歌声
このようなコンセプトを具現化できるアーティストがいるとすれば、ボンベイ・S・ジャヤシュリの歌声しかいなかった。ジャヤシュリは、深い伝承の流れを保ちながらも、魂を揺さぶるような感情を歌い上げる歌い手。彼女の声はシンプルでありながら深い感情を伝えることができ、スピリチュアルで瞑想的な作品に自然と調和する声として知られていた。
90 年代を通じて、チャーサーはすでにジャヤシュリと幅広く仕事をしていた。
「1992年から1997年にかけて、私たちは他のレーベルで彼女のアルバムを何枚もレコーディングしていました」
とスレッシュは振り返る。
「彼女はいつも几帳面で、常に全てのプロセスに深く関わっていました。私たちがチャーサーを始めた時に彼女を真っ先にコラボレーターとして迎えたんです。」
そのように今回の『シュラヴァナム』では、ナマサンキルタナム(神の御名を唱えることが悟りへの直接的な道とされる音楽礼拝の一形態)の実践に焦点を合わせた、デボーショナル(献身的な)賛歌と唱歌の数々に彼女の声を用いる事になった。
「『シュラヴァナム』とは 「聴く 」という意味を持ち、聴くことで自分を変えていくことを表している」とチャルバラは言う。
「聴く、振り返る、瞑想する、という3段階の精神的なプロセスなのです」
結果として音がリスナーを自己の内面へと導き、音を通して瞑想的な空間をもたらし、このアルバムは聴く者を別次元に誘う力を持つ。
「これほどの深い音楽空間を、この小編成で創り出すことができるのかと、聴くたびに驚かされる」とケイ・スズキは振り返る。
「何と言ってもインド古典音楽の古いレコードにありがちな音質とは一線を画した00年のスタジオ録音の匠が冴えるこの高クオリティなプロダクションにまずやられた。毎回聴く度にこんな小さなアンサンブルがこんなに宇宙的で広大な音景色を作り上げている事に驚かされる程、各音が精密に作り込まれている。難解な拍子のパーカッションの音は全てがクリアに聴こえていて、それぞれがどんぴしゃの位置空間とタイミングのポケットに収まっている。このグルーヴを追いかけるだけでも意識は時間を超越した空間に持って行かれるが、更にこのゴージャスなドローンの上に乗る彼女のゴスペル・シンガーにも通じるヴィブラートを聞いていると、彼女が奏でるメロディーの中にあるより小さなメロディーの細部にも気づいてくるんです。」
逆向き再生仕様でアナログ化させた意図とそれが大事な理由
今回、『シュラヴァナム』は初のデジタル配信で発売されることになったが、この瞑想的で没入感のある特性を最大限に生かしたアナログ盤を作る事も大きな使命となった。
だからこそ、このリリースはリバースカットで、内側のグルーヴから外側のグルーヴへと再生されるようになっている。
ターンテーブルの設定を変える必要は一切なく、通常ならレコードが終わる位置に針を置き、いつも通りに再生させるだけでいい仕様になっている。
これは内周に針が進むにつれて線速度が落ちるため、同じ時間でもレコードの内側は外側に比べて情報密度が高くなる。結果として、歪みが増え、音の輪郭がにじみやすくなる。特に高音域の表現やパーカッションの立ち上がりなどが犠牲になりやすい。
多くの古典インド音楽同様、『シュラヴァナム』の構成は、前半が静かで瞑想的な導入、後半に向かって徐々に躍動感とスピリチュアルな高揚が増していく。音楽的にもダイナミクスが広がり、打楽器や声のエネルギーが立ち上がる場面が後半に集中している。
特に古典インド音楽のように片面が20分程にもなる長尺だとこの傾向はより明らかであり、そのクライマックス部分を物理的にもっとも音質が安定している外周に配置する必要があった。リバースカットにすることで、最もエネルギーが高まる瞬間に最大の解像度と空間的な広がりを持たせることができる。
些細に見える選択だが、音楽と身体感覚の一体化を目指すこの作品においては、聴き手の深度を左右する重要なディテールの一つになっている。
聴き手に耳を傾ける音楽
カーナティック音楽に馴染みのない人にとって、『シュラヴァナム』はうってつけの入門作と言える。複雑な構成や卓越した技術が主体となっているわけではなく、音楽を分析するよりも感じてもらうことを意図したアルバムなのだ。
「これらの録音物を 「商品 」と思ったことは一度もなく、私たちにとっては生きた財産なのだ」 とシャルバラは言う。
「だからこそ、今、再発見されているのを目の当たりにするのは本当に喜ばしいことである」と。
心を和ませ、動かし、変化させてくれる音楽を求めている全ての人のために、『シュラヴァナム』はこれまでと同様に強烈な力強さを持ち続けている。
ベルリン拠点のアーティストであるPetra Péterffy(ペトラ・ペテルフィ)が、今回の再発にあたり、アルバムの瞑想的な世界観を表現する新たなアートワークとアニメーションを手がけている。 彼女の描く作品は、『シュラヴァナム』のしなやかな流動性と高次の世界を反映したような、催眠術のごとき視覚的描写で深い聴覚体験と対をなしている。
🔊シュラヴァナムはデジタルおよびレコードにて発売中: 🎧 試聴又は購入する
Charsur Digital WorkstationとBombay S Jayashriの見識とカーナティック音楽継承に対する献身に感謝を込めて。
💡 購読者限定特典:
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2014年12月21日にbrilliant cornersで録音されたジェレミー・ギルバート(東ロンドン大学教授・Beauty & The Beat)によるインド古典音楽におよる冬至の祝いミックスにアクセス出来ます。今月のBandcamp用ディスカウントコードも👇







