聞こえないはずの音楽: 芸能山城組が追い求めた究極の音づくり
脳波を変化させる周波数。東京で行われるバリの伝統祭儀。山城祥二とその異才揃いの集団が、私たちの音楽の聴き方をどのようにして一変させたかを追う。
日本が誇るその豊かな音楽的遺産の中でも、芸能山城組のような特異な影響力と不朽の遺業を成し遂げた音楽集団は数少ない。博学多才な科学者である大橋力(おおはし つとむ)が、その芸名である「山城祥二(やましろ しょうじ)」名義で1974年に創設されたこの団体は、世界中の伝統的な民族音楽の本質を捉えた上で、前衛的な実験音楽を見事に融合させた独自の音空間を創り上げ、一貫して従来の音楽的な枠組みにとらわれない活動を続けてきた。
原点とその軌跡
芸能山城組の創設は、山城の多岐にわたる経歴と深く結びついている。1933年、栃木県に生まれた山城は、東北大学農学部農芸化学科で博士号を取得。その後、筑波大学講師、文部省放送教育開発センター教授、千葉工業大学教授、ATR人間情報通信研究所感性脳機能特別研究室長などを歴任。これらの経歴は、彼の科学的才覚を確固たるものにしながら、多岐に渡るアプローチによって芸術と科学の距離を縮めて来た。
科学者としてのキャリアが開花する一方で、彼の原動力は常に音楽への情熱だった。学生時代に西欧音楽の指揮法を学び、その頃からアマチュア合唱団の指揮者としての活動を始める。その後、民族音楽学者・小泉文夫が担当したラジオ番組「世界の民族音楽」に出会ったことで、彼の音楽的視野は西洋の伝統を超えて大きく広がることとなった。その小泉氏や音楽評論家で「ミュージック・マガジン」の創刊編集長だった中村とうよう氏との交流を通じて、彼の世界の音楽に対する関心が一層深まり、西洋のベルカント唱法にも限界を感じるようになっていく。その後、いくつかの大学の合唱団に頼まれて指揮をするようになっていた山城は1966年には東京教育大学(現:筑波大学)とお茶の水女子大学の学生による合唱サークル「ハトの会コーラス」の常任指揮者に就任。74年にバリ島の合唱舞踊劇「ケチャ」全編のバリ人以外による上演に世界で初めて成功したことを機に、「ハトの会」を母体に「芸能山城組」を結成。彼等は多様な音楽的・文化的表現を統合することで、従来の合唱の枠組みを超越することを目指していた。
芸能山城組の特徴の一つは、その多様性に富んだメンバー構成にある。結成以来、徹底してアマチュアリズムにこだわった彼らの中にはさまざまな職種の人々が集う。
”芸能山城組は、芸能集団である以前に、遺伝子DNAに約束された人類本来のライフスタイルを模索し検証しようとする実験集団であり、“行動する文明批判”の一拠点です。”
とウェブサイトには記載されており、以下のように説明されている。
”芸能山城組の文明批判の大きな特徴は、その対象とする西欧文明の最大の武器である科学技術を貪欲に摂取し、自家薬籠中のものとして、西欧近現代それ自体の攻略に活用するところにあります。教育者、ジャーナリスト、エンジニアそして学生と多彩なメンバーの中で、生命科学、脳科学、数理科学、心理学、情報工学などの諸分野で博士号をもつものが10名をこえます。”
この学術的な探究の深さと芸術的な創造性の融合こそが、深い洞察力と精緻さをもった複雑な音楽構造に繋がる事になる。結成当初の芸能山城組はまず世界の民族音楽の豊かな伝統を徹底的に掘り下げてきた。アルバム 『地の響』では、ブルガリアや東欧の声楽様式への解釈を展開し、『アフリカ幻唱』では、アフリカの合唱伝統にオマージュを捧げた。1976年に発表した『恐山・銅之剣舞』は、日本民謡にクラウトロックを彷彿させる要素を取り入れ、斬新なギターワークをフィーチャーしたサイケデリックな曲調で革新的な作品を残した。
そして芸能山城組の道のりにおいて、非常に重要な転機となったのが、1986年に発表された 『輪廻交響楽 Ecophony Rinne』である。このアルバムでは、コンピューター音と伝統的な楽器を融合させるという新たな試みがなされた。インドネシアのガムラン音楽に見られる複雑な倍音と調律法の再現は、大きな技術的課題であったが、標準的なMIDIシンセサイザーでは対応できない音律を再現するため、彼らは独自に機材を改造し対応。こういった試みは、彼らの高度な技術力を示すだけでなく、伝統音楽と最新技術を高次元で融合させた先駆者としての地位を確固たるものにした。
環境科学や感性工学における科学的探求も、彼らの音と音楽への実験的アプローチに影響を与えてきた。芸術と科学の統合を通じて、彼らは単なる音楽的革新にとどまらず、人間の知覚や環境との相互作用についての理解に深く根ざした作品を創り出すことができるようになったのである。彼らの活動は、異なる分野の知識が交差することで、多層的に共鳴する画期的な芸術がいかに生み出されるかを実証してきたのだ。
『AKIRA』サウンドトラック : 音響革命
1980年代後半は日本映画界と芸能山城組の双方にとって大きな変革の時代となった。1988年、革新的なアニメ映画 『AKIRA』 の監督、大友克洋氏は、彼のヴィジョンに呼応する鮮烈な聴覚的効果を探し求めていた。大友監督の構想は、伝統的な映画音楽制作の枠にとどまらず、映画の物語や映像要素を補完するというよりも、それ自体が映画の構造や感覚を形成する「音による建築(sonic architecture)」を目指していたのだ。そんな時に彼は『輪廻交響楽 Ecophony Rinne』の前衛的な音響空間に深く感銘を受け、芸能山城組にこの壮大なプロジェクトの全ての音楽を託す事にした。
このコラボレーションを際立たせたのは、従来の映画音楽の制作手法とは一線を画す、創作プロセスに対する型破りなアプローチだった。大友監督は、具体的な音楽的指示を与えるのではなく、大まかなテーマのみを提示。その中心となるのは、この映画の混沌としたエネルギーを表現する「祭(festival)」と、物哀しさを反映する「鎮魂歌(requiem)」という二つの要素であった。
この創作手法は、作曲家たちに比類なき自由を与えるものであった。従来の映画音楽制作においては、映像に合わせて楽曲を作ることが一般的だったが、『AKIRA』ではその逆のプロセスが取られた。音楽が独立した形で作曲され、それに応じて映像が作りあげられ、結果的に音楽と映像は互いに影響を与え合う共生関係を築き上げた。
こうして完成したサウンドトラックは、異なる音楽文化を統合した「融合」の最高峰とも言える作品となった。『金田のテーマ』では、バリ島の竹製打楽器ジェゴグの共鳴する音色に、北海道民謡の掛け声、日本の伝統的な能楽の要素、ヨーロッパのクラシック音楽のモチーフ、プログレッシブ・ロックの影響などが織り交ぜている。この細部への徹底したこだわりは、タイのフィールドレコーディングから取り込まれた雷鳴や、1929年製ハーレーダビッドソンの独特なエンジンの唸る音を取り入れることで、映画の没入感をより豊かなものにしている。
『AKIRA』 のサウンドトラックがもたらした影響は計り知れず、アニメ界のみならず、世界の音楽界においても深く轟いた。それは、従来の映画音楽の概念を大きく塗り変え、音楽が単なる伴奏ではなく、物語の構造そのものを形成する根幹的な要素となり得ることを示した。このパラダイムシフトは、後の世代の作曲家や映画制作者に強いインパクトを与え、視覚と音響の物語表現において、より統合的で実験的なアプローチを追うきっかけを創ったとも言える。
毎年恒例の 「ケチャ 」祭り
芸能山城組の文化的・音楽的アイデンティティの中心にあるのが、1976年以降毎年開催される 「ケチャ祭(Kecak Festival)」である。このイベントは、特にバリの音楽伝統への深い造詣を中心に、芸能山城組の多様な音楽的影響を祝う活気に満ちたものである。一般的なコンサートとは異なり、ここでの体験は単なる演奏会にとどまらない。東京のコンクリートジャングルのど真ん中に位置する新宿・三井ビル55HIROBAを舞台に、音、リズム、動きにどっぷりと浸ることができるのである。
お祭りの期間中、芸能山城組によるバリ島のケチャの独自解釈が披露される。ケチャは本来、宗教的儀式に根ざしていた劇的な詠唱の形式であるが、彼らの演奏では一切の楽器を用いず、自分たちの声が連動したリズムを頼りに、圧倒する高揚感と催眠的な雰囲気を生み出す。長年にわたり、このお祭りは単なるパフォーマンスを超え、「生きた音楽人類学の実験」としての側面を持つようになった。
山城祥二は、ケチャを「人間の集団的エネルギーの表現」と語り、「私たちを繋ぐ目に見えない力を可視化する方法」と説明している。「音楽というものは、体験し、参加するものである」という彼らの哲学を体現するこのお祭りは、メンバーにとっても観客にとっても、最も待ち望まれるイベントの一つであり続けている。
音の精度:スタジオ環境
芸能山城組は、没入感のあるライブ・パフォーマンスだけでなく、音の忠実性(サウンド・フィデリティ)に徹底的にこだわることでも名高い。この追求は、彼らの録音作品を特徴づけるだけでなく、科学研究にも影響を与えてきた。その中心にあるのが、山城祥二による「ハイパーソニック・エフェクト(Hypersonic Effect)」に関する研究である。この画期的な理論は、超音波域(20kHz以上)の周波数は人間の可聴範囲を超えているものの、脳に良い影響を与え、リスニング体験を向上させる可能性があると主張するものである。
山城の研究は、日本の神経科学者と共同で行われ、リスナーがこの高周波を含む音楽に触れると、脳内のα波活動が増加することを発見した。α波は、リラクゼーション、創造性の向上、深い集中状態と関連するとされており、山城はあるインタビューの中で、この現象を「耳だけでなく、身体が聴く音楽」と表現している。
この発見は、芸能山城組の録音およびミキシング技術に大きな影響を与えた。彼らのスタジオは、しばしば「音の実験室」と形容されるほど、これらの超音波的要素を捉え、精密な再現を追求する環境として設計されている。その核には、特注のニーブ(Neve)アナログ・ミキシング・コンソールが据えられている。これは、ニーブの創設者であり音響技術の巨匠でもあるルパート・ニーブ(Rupert Neve)自身が個人的に改造を施し、200kHzまでの再生を可能にしたものである。さらに、モニタリング・システムには、人間の可聴域をはるかに超える周波数を再現できるよう、綿密に調整された手作りのスピーカー・アレイが採用されている。この環境によって、芸能山城組は超高周波信号を損なうことなく録音・ミキシングを行うことが可能となった。その結果、ハイレゾのフォーマットにおいて、これらの音響特性が忠実に維持されている音源を実現することができた。このような技術的精度の高さこそが、芸能山城組の作品の多くが「リファレンス・レコード」(音響をテストする際に使用し、その機材の性能を試すために頻繁に使われるレコード)としてオーディオマニアの間で評価される理由の一つである。
時代を超えた遺産
芸能山城組の遺産は、『AKIRA』 や特定のアルバムにとどまるものではない。彼らの作品は、科学・文化・音楽の根本的な融合を象徴するものであり、学者、技術者、そして芸術家たちを結びつけ、音の可能性を模索し、実験する場を生み出してきた。その恐れを知らぬ革新性は、映画音楽、音楽技術、さらには人間の音響知覚に関する学術研究にまで永久的な足跡を残した。
この遺産に敬意を表し、Time Capsule ではアナログ盤限定リリース 『TV, Anime & Manga New Age Soundtracks 1984-1993』を2025年4月25日に発売。当時のTV、アニメ、漫画のサントラの中からこの時代を象徴するニュー・エイジ音楽を8曲選出。芸能山城組による「金田のテーマ」を中心に、宇宙刑事シャイダー、NHK地球大紀行、孔雀王まで、バブル期日本における様々な映像や画像を彩ったスピリチュアルでエスニックな香りのする音源を収録した。
アーティスト: V.A.
タイトル: TV, Anime & Manga New Age Soundtracks 1984-1993
レーベル: Time Capsule
カタログ番号: TIME015
発売日: 2025年4月25日
ジャンル: Electronic, Folk, World, & Country
スタイル: New Age, Fusion
フォーマット: アナログ盤限定
編集: Kay Suzuki, Rintaro Sekizuka (VDS)
アートワーク: Tu-yang
流通: Time Capsule
トラックリスト:
A1: こおろぎ '73 不思議ソング 04:50
A2: Yas-Kaz 兵(式鬼のテーマ) 04:40
A3: 吉川洋一郎 Tassili N'Ajjer 03:30
A4: 都留教博 Farsighted Person 04:58
B1: 芸能山城組 金田のテーマ 03:36
B2: 吉川洋一郎 Fiesta Del Fuego 03:40
B3:コロムビアオーケストラ Heart Beats -Theme for ANDREW GLESGOW- 03:30
B4: 小笠原寛 疑心暗鬼05:05
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